中年スキーヤーであり、スケーターでもある 作者のプロフィル | |
なまえ
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Tomita Masaaki インターネット上では「masa」又は「まさ」で顔を出しています。安易なハンドルネームだなぁ(^^; |
取れたところ | 東京・品川区 |
住んでるところ | 神奈川県相模原市 |
好きなこと | もちろんSKIそしてインラインスケート、登山
目標は国体出場! 高校3年生の時‘山岳競技’というマイナーな競技で74年の茨城国体に神奈川県代表で出場しました(4位)。スキーでもう一度国体に行ってみたいと思っています。たぶん無理だけど(笑)。 SKIレースに1996年からはまってしまいました。中年なんちゃってレーサーです。神奈川県連の試合には7年ほど前から、草レースは8シーズン前から出ています。合わせてシーズン10〜12戦位出ています、あんまり早くないです。その前は山スキーばっかりしてました。powder大好きです。 あと、高校生の頃からずーっと山登りをやってきました。 海外で登った山(登頂に成功した山)は NEPAL=アマダブラム(6,856m)'80秋 記録はこちら マナスル(8,156m)'81秋 加藤保男氏(隊長)、尾崎隆氏と3人の隊でした。 パミール =コミュニズム(7,495m)'82夏(旧ソ連領・現在タジキスタン) ボルネオ =キナバル(4,120m)'89冬 登れなかった山・・・・・・・・・・・・・・・沢山 、戸外で遊ぶのが好きなようです。 |
スキー事 | 始めてのスキーは高校2年。登山靴にワイヤー式のジルブレッタで、天神平でした。それから年に1〜2回のスキー行がつづき、本格的に始めたのは、22才の時、栂池スキー場で居候をしながら、35日間スキーをしたときです。
お世話になったところは、山の先輩が始めたロッジ「ホワイトビュー」。先輩から借りた靴(ラング・バンシー)と、板(小賀坂・SF)で滑りました。本格的なスキー用具を使うのは始めてでした。革製登山靴との差にびっくりしたことを覚えている。 登山の経験があったので、急斜面や、悪天候などはへっちゃらで、雨が降っても吹雪いても、毎日滑りに行った。 2週間ほど経ったとき、誘われて無謀にも、バッチテスト2級をバイト仲間と共に受験したが、見事落第。その時、どう見ても自分より下手な人が合格しているのが悔しくて、翌週も受験すると合格してしまった。 調子に乗ってその翌週1級を受験してみたら、なんと、3点オーバーで合格。まぐれもここまでいけば大したものだと、皆から感心されるわ、あきれられるわだった。 その時の栂池スキー学校の校長だった山田さんから、「オメーみてえな奴は始めてズラ」と言われたことが嬉しかったです。 ちょっと自慢モード(^^ゞ 居候の期間中、スクールに入ったのは1日だけ。あとは小林平康さんの技術解説本「スーパーSKIテクニック」が先生でした。1級合格はこの本のおかげでした。いまでも私のスキーの基本は、この本にある「ピンポン玉ひねりつぶし」です。 1級をもらって、◯◯年。今思うのはskiのことがようやく朧気ながら、掴めてきたかな??? と思います。奥が深いねースキーは、、、。 ちなみに、不世出のスキーヤー、インゲマル・ステンマルクは同世代です。(^^;) 現在、テクニカルプライズとSAK公認B級セッターの資格を持ってます、一応。もう基礎の検定や技術戦に出ようと言う気は全くありません。 ヒマラヤでのSKI |
しごと | 印刷業[デザイン・構成・WEB関係](自営) |
現在の関心事 | 減量と、このHPの移設かな?←移設完了!
ちなみに、98年末の河口湖フルマラソンは、37km地点でリタイアしました。 |
インラインスケート |
インライン・スケートをスキートレーニングに使用しています。 また、川沿いのサイクリング道路をインラインでロングランニングする事が大変面白く、はまっています。楽しいですよ! こちらから |